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【40代の仕事】何がしたいかわからない。迷いながら働いてきた私が思うこと

40代の仕事 働き方

私は20代の頃、「やりたい仕事」がはっきり決まっていませんでした。

40代になった今も、
「これが私の天職です」と言い切れる仕事があるわけではありません。

それでも、いろいろな仕事を経験してきたからこそ、

「これは好き」
「これは苦手」
「こういう働き方なら続けられる」

ということが、少しずつわかるようになってきました。

振り返ってみると、私の仕事選びはずっと迷いながらの連続でした。

20代。「何がしたいのかわからない」

大学ではアパレルを学びました。

当時は、なんとなくセレクトショップで働きたいと思っていたから。

「大学は出ておいたほうがいい」という親のすすめもあり、大学へ進学しました。

でも40代になった今、あの頃の自分を振り返ってみると、やりたかったことはもう少し違ったのかもしれません。

ただ洋服を販売したかったわけではなく、

「セレクトショップで働きながら、メディアにも関わりたい」

そんな気持ちがあったように思います。

今なら「PR」という言葉で表現できるのですが、当時はまだSNSが走り始めた頃。

メディアに取り上げられるショップで働く人といえば、カリスマ店員、プレス、バイヤーなど。

スタイリストにも憧れていました。

今思えば、かなりのミーハーです(笑)。

でも当時の私は、「やりたいこと」はなんとなくあっても、そこへどうやってたどり着くのかを知りませんでした。

そして、もうひとつ興味を持っていたのが医療の世界。

医療秘書の仕事にも憧れていましたが、必要な学校があることを知り、医療事務の資格を取得。

結果的に、最初の10年は医療事務として働くことになりました。

30代。母になって「この働き方は続けられない」と気づく

30代で母になり、仕事に対する考え方が大きく変わりました。

当時は、自宅から職場まで片道90分。

医療業界は朝が早く、保育園の開所前から閉所後まで働き続ける生活には無理がありました。

しかも、子どもはよく熱を出します。

窓口は最低限の人数で回していたため、誰かが休めば、その分ほかの人に負担がかかる。

「明日、子どもが熱を出しませんように」

そんなことを考えながら眠る毎日でした。

とうとう家族で「このままでは無理だ」となりました。

子どもが1歳半のときに引っ越しと転職を決意。

家族のことも考えて実家の近くへ引っ越し、保育時間内で働ける仕事を探しました。

そこで出会ったのが生命保険事務。

3年間、生命保険事務として働いた後、再び医療事務へ戻りました。

けれど、2年8ヶ月ほど経った頃、特殊なクリニックだったこともあり、また仕事が苦しくなってしまいました。

仕事でいつもピリピリしている自分。

その影響もあって、下の子との関係がうまくいかなくなった時期もありました。

「このままでは家族にもよくない」

家族と相談し、一度仕事を離れて、新しい仕事を探すことにしました。

「医療事務しかできない」と思っていた私が、メーカーの仕事へ

2度目の医療事務がうまくいかなかったことで、正直かなり心が折れました。

「私は医療事務しかできないのかな」

そんな気持ちもありました。

そこで、今度は派遣で医療事務以外の仕事を探すことに。

最初は医療事務の仕事を紹介されましたが、単発の仕事を経験したことをきっかけに派遣会社との信頼関係ができ、少しずつ医療事務ではない仕事も紹介してもらえるようになりました。

そして出会ったのが、メーカーでの事務の仕事です。

医療とはまったく違う世界。

最初は「私にできるのかな」と思いましたが、働いてみると意外な発見がありました。

私はもともと、仕事とは別にハンドメイドショップをしていた時期があります。

「何かをつくること」は好きだったけれど、それはあくまで仕事とは別の世界だと思っていました。

ところがメーカーで働き、商品ができていく過程に関わるようになって、

「私、ものづくりに携わる仕事って好きかもしれない」

と初めて実感しました。

自分が直接ものをつくるだけではなく、ひとつの商品が形になっていく過程に関われる。

それが思っていた以上に楽しかったのです。

「医療事務しかできない」と思っていた私が、まったく違う業界で、自分の新しい「好き」を見つけることができました。

40代。経験から「自分に合う働き方」が見えてきた

メーカーで派遣社員として働き続ける中で、

「このままずっと派遣でいいのかな」

と考えるようになりました。

そこで、同じグループ会社の紹介予定派遣へシフトチェンジ。

その後、直雇用となり、現在はメーカーの会社員として働いています。

20代の頃は、やりたい仕事がわからなかった。

30代では、仕事と子育ての両立に悩んだ。

そして40代になって、少しずつ自分のことがわかってきました。

私は「これひとつ」という仕事を探していたけれど、もしかすると、ひとつに決めなくてもいいのかもしれない。

会社員として働きながら、好きなことをする。

興味を持ったことに挑戦する。

そんな働き方も、自分には合っているのかもしれないと思うようになりました。

会社員をしながら、PRとメディアの世界へ

派遣で働き始めた頃から、

「会社員として働きながら、自分の武器になるものも持ちたい」

と思っていました。

以前からフリーランスという働き方にも憧れ、実際に活動してみたことがあります。

でも、やってみたからこそ、

「私にはこの働き方は向いていないかもしれない」

と気づくこともできました。

やってみなければ、向いているかどうかもわからない。

これは、これまでの仕事選びでも同じだったと思います。

そして今の会社には、本業だけでなく、仕事以外にも活動の場を広げている人がいます。

そんな環境の中で、私も以前から憧れていたPRの世界に、もう一度挑戦してみることにしました。

20代の頃、漠然と憧れていた「メディアに関わる仕事」

当時はどうやってそこへ行けばいいのかわからなかったけれど、40代になった今、思いがけない形でその扉を開くことができました。

そして、ありがたいことにメディアで文章を書く活動にも関わらせてもらっています。

20代の頃の私は、洋服やショップ、メディアに憧れていました。

40代になった今、メーカーでものづくりに関わりながら、PRやメディアで文章を書く。

振り返ってみると、全部がバラバラだったわけではなく、少しずつ今の自分につながっていたのかもしれません。

今は「文章を書くこと」も自分の武器にしたい

メディアで文章を書く経験をしたことで、今度は自分でも「文章を書くこと」を武器にしたいと思うようになりました。

それが、今こうして一からこのブログを立ち上げ、更新している理由のひとつです。

会社員として働く。

メーカーでものづくりに関わる。

PRやメディアの活動をする。

そして、自分の経験を文章にして発信する。

今の私は、そんなふうにいくつかの場所を持ちながら、自分の働き方をつくっています。

「何がしたいかわからない」は、悪いことではなかった

20代の私は、自分が何をしたいのかわかりませんでした。

30代では、仕事と子育ての両立に悩みました。

40代になった今も、まだ迷うことはあります。

でも、昔と違うのは、

「やりたいことがわからない」のではなく、

「自分がどう働きたいのかは、少しわかってきた」

ということ。

向いていない仕事を経験したからこそ、向いている働き方が見えてきた。

違う業界に飛び込んだからこそ、新しい「好き」に気づけた。

副業をやってみたからこそ、自分に合う働き方と合わない働き方がわかった。

そして、昔から憧れていたメディアの世界にも、40代になって少しずつ近づくことができた。

遠回りしたように見える経験も、今の自分につながっています。

だから私は、今でも「何がしたいのかわからない」と思うことがあります。

でも、もう焦って答えを出さなくてもいいのかなと思っています。

やってみる。

違ったら、変えてみる。

またやってみる。

そうやって経験を重ねていくうちに、

「私はこれが好きかもしれない」

「こんな働き方なら続けられるかもしれない」

が少しずつ見えてくる。

40代の今、私はそんなふうに考えています。

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